日本の伝統食品

 

Japanese traditional food

 

 みなさんは伝統食品と言われたら、どんなものを思い浮かべますか?
私たちの国には、味噌・酒・豆腐・しょうゆ・かまぼこ・豆腐・漬物など様々な伝統食品があります。
これらは土地の産物や気候、風土を生かして作られていて、それぞれにその土地の人々の知恵や技や工夫が隠されていることが多いです。
最近は食生活が豊かになり、変わった食品や珍しいものを求める消費者に迎合して伝統食品という名前だけの製品も増えています。
しかし最近はそれらに色々な問題点が生じているのはご存知ですか?

( What do you imagine Japanese traditional food?
Japan has various traditional food. For example, miso[fermented soybean paste]/sake[liquor]/soy sauce/boiled fish paste/tofu[bean cured]/pickles and so on.
These are made use of local products,climate,and many case,each food are hidden the local people's wisdom,skill,device.
Food life has been wealthy recentely, and consumers demand strange foods. So traditional food accommodate them.
But, do you know traditional food caused various point at issue?)

 

<問題点・1>


 伝統食品の多くはその土地の産物を用いて、地方の嗜好に合ったものが作られてきましたが、職人の手作業から機械化へ、そして消費者の嗜好の変化に合わせた商品を作るため、つまり、『売れる』製品を作るために、伝統食品の地方感・季節感・個性が失われていっています。
見かけと中身は同じでも中身はまるで別物という製品も少なくありません。つまり、古くからの伝統食品は失われてきたのです。
 また、小規模な伝統食品においては、伝承者が高齢になり、後継者がいない場合も少なくありません。
その他にも消費者やそれを扱う小売店の人々が本物の製品を知らないために、不良品を本物と思い込み、伝統食品の評判を落とすという事態も起こっています。明らかに腐敗した商品やカビが生えた商品を売っていてもそれが正常品だと売っている人は思い込んでいるんです。十分な品質管理と正しい商品知識の普及を望みたいものです。
 原料資源不足のために、需要がありながらもその生産を縮小しなければいけなかったり、結果的に価格が高騰し窮地に直面しているものもあります。一概には言えませんが、大部分は自然環境の破壊によるものと考えられます。
これらを顕著に表しているのが、下のかまぼこ作りです。


              

手作り時代のかまぼこの作り方


  原料魚  調理(下処理)  採肉  落とし身  らいかい  すり身  成形  加熱  冷却  製品

  現在では、すべて手作業だった当時とは完全に異なり、かき混ぜたり、つぶしたりするときには必ず機械を使っています。
   機械にすると、労働力やコストの削減になるからです。
   また、これまでは耐凍性が弱いから使えなかったスケトウダラをすり身にして凍結貯蔵した冷凍すり身を使ったりしています。
   つまり、鮮魚は要らないということです。
   当時のかまぼこは今の白くて硬いかまぼこと違い、黒くて軟らかく、風味が抜群で腐りにくかったそうです。


 

<問題点・2>

 

小規模な伝統食品においては、伝承者が高齢になり、後継者がいない場合も少なくありません。
その他にも消費者やそれを扱う小売店の人々が本物の製品を知らないために、不良品を本物と思い込み、伝統食品の評判を落とすという事態も起こっています。明らかに腐敗した商品やカビが生えた商品を売っていてもそれが正常品だと売っている人は思い込んでいるんです。十分な品質管理と正しい商品知識の普及を望みたいものです。
 原料資源不足のために、需要がありながらもその生産を縮小しなければいけなかったり、結果的に価格が高騰し窮地に直面しているものもあります。
一概には言えませんが、大部分は自然破壊の影響によるものと考えられます。

 

 まとめ 

 

 以上のことより、伝統食品にかかわる問題は原料の問題・環境保全の問題から、それを売る人・食べる人の側にまで及ぶ広い観点から捉える必要があることが分かります。その様な意味で、伝統食品を伝承するということは、食品の伝承だけでなく、地域ごとに食の生態系を確立し、伝えていくことにもなると考えられます。

私たちは、もっと各地に伝わる伝統食品について知り、後世に伝えていく必要があります。
これを読んでくださった皆さんが、伝統食品に興味を持って下さったら幸いです。

We need to know more traditional food, and hand for coming ages.
I wish you interested in traditional food.

Thank you for reading!!


つけたし
私は、生まれてから一度も海外経験のない生粋な日本人のため、大変間違いまくった英語を使っている可能性大です。だから、単語や文法上のミスは見逃してくださいね
本当にごめんなさい。

 

                                                                                         

 ・・・「食」の日本文化・・・  

      ************ JAPANESE FOOD CULTURE *************       

 現在、日本では日本固有の伝統食品から世界のあらゆる国の食事まで、実にさまざまな食事と出会えます。しかし、食文化が多様になったのにもかかわらず、かえって特定の食品に傾いているのが現状です。
 食事は身も心も健康な人間を育てる直接のエネルギーです。そんな大切な食事が、日本においてどのように形成されてきたのかを知り、毎日の食事をもっともっと大切に思ってもらえればと思います。
 So,let's take a look at `Japanese food culture' with us! We hope you'll have fun!  
  
           

 日本の伝統食品 :Japnese traditional food リンク 

味噌、酒、かまぼこ、漬物・・・。私たちの国にはたくさんの伝統食品があります。これらの食品の技と工夫、最近の問題点を見ていきます。

日本の現代食(和と洋の融合) :today's Japanese foodリンク

 私たちの食文化ががらりと変わるきっかけとなったのが文明開化です。文明開化が生み出した和洋折衷料理(洋食)の中でも究極と言われる「あんぱん」について見ていきます。日本の西洋化とは一体なんだったのか。「あんぱん」にみられる日本人の工夫とは?
 

総合学習のまとめ

   食の日本文化を通して、私たちは日本人の特性について二点気づきました。
 1つめは「日本人は順応性がある民族だ」ということ。順応とはただ相手に合わすということではありません。相手の文化を自分の型にはめ直し、そうすることで自分達も新たな感覚を身に付けるということです。日本人はこの方法で中国・西洋の文化を同化・吸収してきました。「物まね文化」と称されることの多い日本文化ですが、日本人独自の発想が付け加えられて形成されていった文化であることは心にとめておきたいことです。
 2つめは「日本人はデマに流されやすい民族だ」ということです。米が頭を悪くするだなんて、いまでは笑ってしまうような説ですよね。でも、それはほんの最近まで信じられていたことなのです。このようなデマが戦争という悲劇を生み出した世界の歴史でも数多く見られます。デマに流されやすい、一度流されるとなかなか目が覚めないというのは日本人だけでなく全人類の特性かもしれません。
   
 今、21世紀に入りました。明治時代に始まり、「西洋への憧れ」で動くことの多かった日本ですが、これからはもっとグローバルな視野が要求されます。アジアの国々を含め全世界に目を向け、互いの文化を尊重しあい、ボーダーレスな世界を築いて行きたいです。


Thank you very much for reading!!


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現代日本の食 (和と洋の融合)

 :: TODAY'S JAPANESE FOOD  ::

   
 
現代日本の食の特色
 現代日本食文化の大きな特色は、あらゆる国の食事を受け入れていることです。また、洋食と呼ばれる和洋折衷料理が栄えていることも特色の1つです。食の国際化、融合化のきっかけとなったのが、明治時代の文明開化です。その文明開化のもとで生まれ、和魂洋才の精華とも呼ばれているのがんぱん という商品です。

(The big feature of today's Japan's food culture is that we Japanese are accepting various kind of food culture in this world.We can eat many country's food in Japan.Besides that,Japanese has created new type of food by mixing the West food and Japanese food. The start of internationalization and fusion in Japanese food culture go back to the Meiji Era. The government hammered out a policy of making Japanese culture more like the Western developed countries'.
 The Japanese famous bread"ANPAN" ( sweet bean bread) was born under that situation.)
 
 『あんぱん登場』を含む、日本でのパンの歴史を通して、洋が和に定着する過程を見ていきましょう!

(So let's take a look at the history of the bread in Japan including the birth of ANPAN . I hope you'll have fun!!)

                                                                 
 
日本のパンの歴史 (The history of bread in Japan)  

<日本語編>

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 ・1543年   ポルトガル船が種子島に漂着。日本人が初めてパンを見る。拳銃・鉄砲を二丁ずつ受け取る。
 ・幕末     兵糧としてパンが開発される。
 ・明治時代  文明開化 (政府や知識人など、上層部による西洋化推進。体力・文化的に欧米人に劣等感を持つ日本人のあがき)
<政府は庶民にパン食を勧める。だが、米食に馴染む日本人にとって、パンはただの不思議な食べ物であり、受け入れることができなかった。>
 ・1869年   東京の芝日蔭町に木村安兵衛が文英堂という洋風金物屋兼パン屋を開く。(後に木村屋に改名する。)
<安兵衛は庶民にうけるパンは作れないかと考えるうちに次の2点に気がついた。まず、日本人は米に執着しているということ。しかし、中国から伝来した麺の製造技術は受け入れ、そうめん、ひやむぎ、うどん、そばなど日本独自の和風麺を生み出した。 つぎに、パンと同じ小麦粉料理である酒饅頭が庶民に大人気であること。この2点を踏まえ、彼は主食としてではなく「おやつ」としての機能を持ち、しかも和風に作り変えたパンの製造に取り組みます。
 ・1874年   安兵衛が日本酒のもとを発行源とする、日本独特の香りがあるあんぱんの製造に成功!
 ・1875年   明治天皇があんぱんを食す。天皇はこれを大変気に入り、あんぱんは宮内省に納品されるようになる。
 ・1900年   木村屋がジャムパンを製造・販売。 
 ・1904年   中村屋がクリームパンを製造・販売。  <日本独自の菓子パン文化の確立>  
 ・1905年   あんぱんの駅売りが始まる。>あんぱんが全国的に普及。一日十万個売れるヒット商品に!しかしパンはあくまでお菓子であり米に代わって主食となることはなかった。
     
 
・第二次世界大戦後  アメリカが日本に対し、学校給食の浸透強化政策を進め、パン付き給食を出し始めた。(アメリカがこのように給食に力を入れたのは、子供達をパンに慣れさせることによって、日本にパン食を定着させ、日本国内の小麦や飼料穀物の需要を喚起したかったからである。)

・『米食は胃がんや高血圧症を引き起こす。』『米を食べると頭が悪くなる。日本人が欧米人と比べて二割がた頭が悪いのはそのせいだ.』という噂が流れる。
・『World war 2 was a war to decide which is stronger,rice nation or bread nation. And the answer has been given. The bread nation is superior/(第二次世界大戦は米食民族が強いかパン食民族が強いかを決める戦いであった。そして、パン食民族が強いことがこれで立証された.』と占領軍司令部の保険行政長官サムソン氏が発言する。
   
  このような経緯でパン食は日本に定着していき、米の地位を揺るがすまでの存在となりました。しかし、最近は米に対する誤解も解け、日本食は健康にいいとして注目され直されるようになりました。パンと米が共存して、今の日本を支えています。
  

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English version

 ・1543,a Portuguese ship came to Japan accidentally because of a terrible storm. Japanese saw Portuguese eating bread. It was the first time for Japanese to meet bread. Also, Japanese received guns at this time.
 ・The end of Edo era,breads began to be made as a food for soldiers.
 ・The beginning of Meiji era ,Japanese government began to propel the Western culture. It was a struggle of Japanese who have an idea that they ar inferior to Western people.This movement became a big chance to change the Japanese food culture.But inspite of the government's
policy to change the main food  to bread, people still sticked to rice.
・1869, Yasubay Kimura opened a Wester grocery store and a bakery in Tokyo. Yasubay wanted to invent a bread that could be popular with every Japanese people.Thinking hard, he found out two things. First thing is that, in spite of Japanese  persistence of rice, old Japanese accept the noodle that came from China, by making Japanese flavor noodles: SOUMEN, HIYAMUGI,UDON SOBA. The second thing is that SAKEMANJYU which is made of wheat as bread,is popular among many japanese people.Considering these two points, Yasubay made effort tomake a bread , not to eat as main food ,but to eat as a snack.
・1874,Yasubay finally succeeded in making "ANPAN" a bread using japanese alcoholic drink(sake)'s source for fermentation, and has Anko( a sweet black thing made from beans and is used in Manjyu and lots of Japanese desserts) inside.
・1875, Yasubay's Anpan began to be delivered as Emperor Meiji's food.
・1900, bread that has jam inside began to be sold
・1904,bread that has cream inside began to be sold <Japanese orijinal snack bread culture had been built!But the position of bread was just as a snack. People still sticked onto rice as a main food>
・1905,Anpan began to be sold at train stations all over the country.(It is said that one hundred thousand Anpans  had been sold in a day.)
・After World War Two, America began to make school lunch system in Japanese school. Breads were served to students and they began to be accustomed to bread.
 Rumor began to spread that "If you eat rice you'll have a stomach cancer and high blood pressure.""Rice makes you stupid! Japnese are stupid than Western people because Japnese eat rice."
 One American general secretary of health administration even said, "World war 2 was a war to decide which is stronger,rice nation or bread nation. And the answer has been given. The bread nation is superior."
      
The school lunch and these rumor helped to raise the bread's position to a main food. But nowadays the wrong thoughts against rice has been reconsidered.Rice and bread coexist in japanese people's daily food life.
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    パンの歴史、どうでしたか?あんぱんって、改めて考えるとやっぱりすごい食品ですよね。西洋文化と日本文化の架け橋となったものなのです。トンカツ、すき焼きも『肉食』に馴染まない日本人が食べれるよう、先人が工夫して生まれた、『和洋折衷食』です。国際化とは、庶民の身近なところから定着していくものなんだなあと、感じさせられました。文化は下から上へと発展していくものなのでした。

(How was the bread's history in Japan? Anpan is a familiar food for Japanese people. But don't you think it's a wonderful food? It was a food to tie Japanese culture and Western culture.An idea to make it possible for Japanese eating western food. Studying this theme,I thougt that internationalization begins from the close part of an ordinary person.Culture is made from the lower part of the society and the upper part follows it!!)
  
        
   

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