‘98年度 海外視察報告

オランダ・イギリス・アメリカの教育から学び、考えたこと

松 崎 雅 夫


〔 I 〕 はじめに

 今回、私ははからずも「1998年度 国立大学・学部附属学校等教官海外派遣(A班)」26名中の1団員として文部省から海外研修に派遣され、‘98年11月3日から27日までの約1ヶ月間、オランダ、イギリス、アメリカの小、中、高、養護学校、教育委員会を訪問して、つぶさに授業を参観し、施設等を視察する機会を得ました。さらにイギリスとアメリカでは大学での特別講義も受講して、これら3国の教育問題全般について学ぶことができました。旅行から戻って約一ヶ月、まだ、このときの新鮮な感覚が少しでも残っている間に、直接、自分で見聞して感じたことや知ったこと、そして考えたこと等について、研修中のメモをもとに報告します。

〔 II 〕訪問先と日程

 上記3国について、小、中、高(または、養護学校)、教育委員会を数箇所ずつ、そして、2大学と日本語補習校を含めて、25日間に合計16ヶ所を訪問。その旅行日程と訪問先の全容は次の通りです。
第 1日目
 (11/ 3火)
移動日(東京(成田)→アムステルダムへ)

〈オランダ〉
第 2日目
 (11/ 4水)
テーマ視察(アムステルダム→フラールディンゲン)
第 3日目
 (11/ 5木)
1.フラールディンゲン(Vlaardingen)教育委員会訪問
2.ミルチル(MYLTYL SCHOOL)養護学校訪問
3.教育サービスセンター(THE EDUCATIONAL SERVICE CENTRE)訪問
第 4日目
 (11/ 6木)
1.ヴェストビッツア(DE WESTWIJZER)小学校訪問
2.アクアマリーン(CGS AQUAMARIJN)高等学校訪問
3.ホケーショナル(LOWER VOCATINNAL)職業訓練中学校訪問
第 5日目
 (11/ 7土)
移動日(フラールディンゲン→アムステルダム→ロンドン→バース)

〈イギリス〉
第 6日目
 (11/ 8日)
教育文化施設視察(バースの街・史跡等)
第 7日目
 (11/ 9月)
1.バース(BATH)大学特別講義「英国の教育事情について」
2.バース大学施設見学及び教員養成課程訪問
3.バース大学特別講義「いじめ問題の現状について」
第 8日目
 (11/10火)
1.バース大学特別講義「英国の福祉・ボランティア教育について」
2.ロイヤル(ROYAL UNITED HOSPITAL)病院附属養護学校訪問
第 9日目
 (11/11水)
モンクスパーク(MONKS PARK)中高等学校訪問
第10日目
 (11/12木)
1.キュームダウン(COMBE DOWN)小学校訪問
2.教育関係者との交流
第11日目
 (11/13金)
移動日(バースス〜ストーンヘンジ→ロンドン)
第12日目
 (11/14土)
教育文化施設等視察
 (ロンドン塔、ウェストミンスター寺院、大英博物館等)
第13日目
 (11/15日)
移動日(ロンドン→ワシントンDC)

〈アメリカ〉
第14日目
 (11/16月)
教育文化施設等視察(国会議事堂、スムソニアン博物館、文書保存館等)
第15日目
 (11/17火)
教育文化施設等視察(アメリカ歴史博物館、自然誌博物館等)
第16日目
 (11/18水)
移動日(ワシントンDC→デンバー→ポートランド)
第17日目
 (11/19木)
1.ベンソン(BENSON)工業高校訪問
2.ポートランド教育委員会
  (PORTLAND EDUCATION SERVICE CENTER)訪問
3.コンコーディア(CONCORDIA)大学特別講義
  「米国の教育改革と教員養成の現状」
第18日目
 (11/20金)
1.パークローズ(PARKROSE)中学校訪問
2.シェイバー(SHAVER)小学校訪問
第19日目
 (11/21土)
オレゴン日本語補習学校訪問
第20日目
 (11/22日)
教育文化施設等視察(ワイナリー等)
第21日目
 (11/23月)
移動日(ポートランド→ロザンゼルス)
第22日目
 (11/24火)
教育文化施設等視察
(ロングビーチ、グリフィス天文台、ハリウッド、サンタモニカ)
第23日目
 (11/25水)
テーマ別視察
 (ユニバーサルスタジオ:トラムツアー、ジェラシックパーク、バックドラフト等)
第24日目
 (11/26木)
移動日(ロサンゼルス→東京(成田))
第25日目
 (11/27金)
東京(成田)帰着



〔 III 〕視察報告

    本節では3つの国ごとに、先ず〈i〉で、大学の講義、教育委員会、次いで、概ね訪問した順序に従って学校種別の関係者(学校の場合はほとんどが校長、教育委員会は広報担当者)の説明のポイントを報告し、〈ii〉と〈iii〉で、それぞれの教育とその国についての私の個人的な感想を記していくことにする。

[1]オランダ訪問

〈i〉 教育の状況

(1) ミルチル養護学校(注:青い鳥のチルチルミチルからとった名称との由)
  • 脳障児、筋ジストロフィー、交通障害等5種類の障害の何れかを抱える児童・生徒(3歳〜20歳:220人)が在籍。
  • 政府は補助金をつけてでも、なるべく普通校へ戻す方針とのこと。
  • 教師、医者、親の三者会議を毎週一回もっているが、教師と医者の意見が合わないことが多い。
  • 生徒1人に学校と家庭、それぞれ2台づつのコンピュータを政府が支給しており、一人当たりの教育費は普通児の20倍である。
(2) ファールディンゲン教育サービスセンター
  • 当センターは、学校と教師に教育上の様々な支援をするための機関である。
    〈オランダの教育についての説明〉
  • 1981年までは、国と教育委員会が大きな権限をもっており、いわば学校はその監督下にあった。
  • 1990年に入って大きな変化が生じた→国は教育のレベルと経費に責任をもち、教育の内容と方法については各地域(20万人程度の単位)の教育委員会がそれぞれ責任をもち、独自に方針を立案できるようになった。
  • 直面する最大の教育問題は、増大する教育経費と学校で頻発する生徒の荒れの問題である。(ファールディンゲンでは、21万4千人の人口中10%が外国人、そして、学校には外国人生徒が20%在籍。中には80%の学校もあり、こうした学校ほど、教育経費がかかる上に、荒れ現象も多発している)
  • 教師は、教え方に責任を負っており、調査委員の判定結果によっては、このセンターのような機関での研修義務を負わされる。
(3) ヴェストビッツア小学校
  • 当校の近辺の住宅には、外国籍の住人(旧植民地からの移民とユーゴスラビア地域からの難民)が多く、生徒の80%が外国籍である。午前中のすべてを言語教育に当てることが必要な状況の児童もいる。
  • 戦争地域からの難民生徒には、心を癒す教育を特に心掛けている。
  • オランダ語習得のための特別なカリキュラムの実施や個人指導のために、出費がかさむ(オランダ人生徒の経費1に対して、外国人生徒には一人につき1.2〜1.75倍の予算措置を計上)ので、国全体として困っている。
  • 現在、全校381人中の60人が、問題を抱えた児童とみている。
  • 学校内で色んな問題行動が発生するので、校内に複数の警察官が常駐している。
  • 社会から如何に身を守り、どのようにして健全な社会人に育てるかを柱に教育している。そのキーワードは、健康、犯罪、外国人、セックス、社会性等である。
(4) アクアマリーン中高等学校
  • 1,2,3学年は、12〜15歳、4,5,6学年には16〜19歳の生徒が在籍している。
  • 現在は、必修がオランダ語と英語を含めて4〜6科目であるが、来年実施予定のスタディープロジェクトでは、必修に独語、仏語、理科、社会(歴史)、美術、体育、宗教が加わって14〜15科目、さらに、これらに自然、健康など4科目程度が選択となる予定である。このように、教科学習を強化しようとしているのは、生徒に沢山の知識を身に付けさせたいとする政府の方針による。
  • しかし、本校では、1.世の中で役立つための学習をしよう、2.他の人たちと協調できる人間になろう、3.自分も他人も大切する人間になろう、をモットーに教育を進めている。
  • 毎週30時間を、実際の授業20時間と教師の指導の下での自習10時間の組み合わせで実施している。
  • 科目の学習期間は半年型と1年型の2種類ある。
  • コンピュータは古い型のものが多く、インターネットは3週間前に導入したばかりである。
(5) ホケーショナル職業訓練中学校
  • 12〜16歳の生徒が在籍。
  • 木工と金工の課程があり、座学だけでなく、実技も重視して訓練している。

〈ii〉 オランダの教育の印象

 視察に訪れた小学校でも、中高等学校でも、生っ粋のオランダ人と一緒に、アラブ系、スラブ系、アフリカ系、東洋系の児童・生徒が仲良く机を並べ、それらが極く自然に見えることに先ず驚かされた。日本の現状で、日本語の出来ない外国人生徒を1人でも恒常的に受け入れるとなると、学校として大変な議論が必要となろう。しかし、オランダでは、ごく当たり前のこととして、普通の学校が日常的に外国人生徒を受け入れている。そして、それらの生徒を支えていくために、オランダ語が出来ない度合いと保護者の状況(どの国からの移住者か、欠損家庭か、等)に応じて、生徒一人一人に重み係数をつけ、そのトータルの数値で教員数を決める体制までがすでに完備されている。そして、出身国によって異なる相互の風俗、習慣、宗教について、お互いに理解し合うための時間を設け、人間として大切にすべき基本的なことがらの指導を中心に教育が進められている。これこそ、まさにわが国がこれから本格的に取り組みをはじめようとしている国際教育そのものではないかと思う。しかし、こうした状況の中では、人間教育の面に多大な時間と手間が取られ、なかなか学力を保障するところまで手が回らない。そうした状況を打開すべく、政府は、来年のカリキュラムから必修課目を増加し、基本的な知識の習得に重点を置いた教育を学校に要求しようとしているらしい。丁度、いまの日本と逆の方向へ教育を進めようとしているとの印象を受けた。
 今回の指導要領の改定に際して、キーワードの一つである「国際教育」について、わが国がオランダから学ぶべき事柄は、実に豊富にあるように思える。

〈iii〉 オランダの国の印象

 高さが一定に揃った茶色のレンガ造りの家並みが運河に映っている街の風景はとても美しくて落ち着きがある。少し郊外に出ると、大きな風車がゆったりと回っている。街では自転車でさっそうと移動する人たちを何人か見かけたが、決してせかせかしていない。教師の平均給与は、日本の2/3程度とのことだが、われわれよりも精神的に豊かな生活ぶりが感じられる。私が身近に接した人々は、概して朗らかで、雄弁で、親切で、とても親しみと好感がもてた。オランダ人の平均身長は女性が175cm、男性が182cmもあり、2mの人は決して珍しくないとのこと。しかも、男性も、女性も整った顔立ちの人が多く、中でも東洋系のハーフの女性の美しさは格別であった。
 アンネの家を訪ねたとき、アンネ一家がゲシュタポから隠れて住んでいた往時のまま、家具、調度品、アンネのメモなどが大事の保存されていることに心をうたれた。そして、旅行中らしき若者が、アンネの家を朝早くから訪れて静かに見入っている姿と、この国が多数の難民の人たちを受け入れ、平和を大切にしようとしている思いとが重なって見えた。

[2]イギリス訪問教育の状況

〈i〉 教育の状況

(1) コンコーディア大学特別講義「英国の教育事情について」
  • 英国では5〜16歳の12年間が義務教育教育費は大学も含めて公立は無料。
  • 7歳と11歳の時点で、全児童の英、数、理3科目の全国規模の学力テストを実施しているが、その目的は、誤解されているような、個人の能力の判定にポイントをおいたものではないとのことである。得点分布は、優秀校の300点から低辺校の12点(300点満点)まで開きがある。
  • サッチャー政権が実施した1988年の教育改革による英国の教育の変化は大きい。そのときに学校の独立行政法人化がはかられて、個々の学校への国からの金銭的支援が減り、校長の教育と人事の裁量権が大きくなった。例えば、教科書は国はつくっておらず、指導要領にしたがっておれば、テキストは学校の責任で自由に選べるし、学校財政の不足分は、個々の学校の才覚を発揮し、企業からの支援に頼っている状況である。また、教科指導の際の人数は、2000年までは30人以下ならよいとされるだけで、下限の制限はない。
  • 先年、保守党から労働党へと政権が移ったが、現政府も、個々人に重点をおいた教育よりも全体のレベルアップをはかることに重点をおいた教育を望んでおり、国際教育のような人間的な教育よりも、基本的学力を身につけさせるような教育の推進に力点をおいている。こうした政府方針には、現場の先生たちは反対している。
  • この国の公立学校は弱者中心の授業が主流であり、優秀児への配慮がなされていない。それに対して、私立学校は優秀児の教育に重点をおいている。こうした傾向はイギリスの教育の伝統である。
  • ・大学のエイジェンシー化に伴い、大学の評価が行われるようになった。大学の評価は、別の大学の教員と資金提供者が、学士号、修士号の出し方を詳しく診て行う。また、オフステッド(OFSTED)という政府機関が、4年毎に評価し、順位が公表されるようになった。本大学は、教育学部系で14位の評価である。
(2) 特別講義「教員養成課程について」
  • 国は、国民の学力の現状に危機感を持っており、教育の質を上げるために、教員養成への国の統制が厳しくなった。英、数、理は特にきつい。
  • 教員養成のコースは2つある。一つは4年間で専門の学位を取得してから、さらに教員資格のための単位を取るコース、もう一つは3年間の学習の後、教員資格を得るために、さらに1年学習するコースである。
  • 教員資格取得のために、教育実習を1回生から4回生まで次第に時間、内容とも長く深く積んでいく。1回生では週に1回の授業見学またはアシストに付け加えて、連続3週間の実習、それが4回生になると、連続実習の期間は10週になり、その間、全教科と障害児教育、異文化教育(インド、パキスタン、香港等について)を体験しなくてはならない。
  • どこの大学も附属実習校はもっておらず、各学生は個人交渉で実習校を探す。実習中は、メントルズ(mentors)という実習監督官が視察してまわり、学生の実習状況を指導・評価する。
  • 小学教員希望の学生も2科目の専門教科をもち、その科目については、大学レベルの専門的な学問を修め、現場に出てから他の教師の指導もする。
  • 学校への就職は、各学校が公募する資格、経歴などに関する新聞広告を見て応募し、校長の面接で決定され、公的な地域ごとの採用試験のようなものはない。
  • 学校に就職すれば、研修記録を含めた教員としての経歴に関する個人のプロファイルが作成される。転勤を希望する場合は、このファイルをもとに、新聞広告などを通して個人単位で個別に行われる。
(3) 特別講義「いじめ問題の現状について」
  • 現在、4歳から11歳までの児童303名を預かる小学校の校長先生の、17年間の実践的研究をもとにした報告と講義であった。
    「いじめとは何か」の分析にはじまり、英国での本問題の深刻な状況、勤務校で実際に効果を上げている指導法と対策法等を提示した後、われわれ視察団を3つのワーキンググループに分けて、ビデオで具体的ないじめの例を提示し、その解決策を討議してまとめさせるという、非常に実戦的な講義であった。
(4) 特別講義「英国の福祉・ボランティア教育について」
  • 継続教育(生涯教育)の専門家の観点から、コミュニテリアン(Comuniterian:学校はただ学ぶ場以上のものをもっている=21世紀を担う人々の創造性を養う)という考え方とソーシャルコントロール(The Social Control View :学校は人々の考え方を自由にする側面と不自由にする側面がある)という考え方を紹介し、「学校の役割は将来どうなるのか、どうあるべきか」について論じた講義であった。
  • 具体的には、たとえば次のような例を提示して説明がおこなわれた。
    1.Social Care:
    子どもが14,5歳にもなれば、その活動は地域社会と学校で面倒をみると同時に、障害のある人々への援助も、同様に展開されるべきだという考え方。
    2.Community Development:
    学校を社会的な資産として活用していこうという考え方。(夏休み中の施設開放、親の集会所、子どもの遊び場など)
    3.School Council:
    中央政府からの学校運営資金が足らないとき、また学校の教育内容、施設の充実などのために、地域が学校に対して積極的に援助していくための各学校に設けられている機関。わが国では、学校運営委員会、または学校理事会と訳されている。
(5) 病虚弱児養護学校
  • われわれが訪問したのは、病院に附属する病虚弱児用の養護学校で、現在32人定員のところを28人が在籍しているとのことで、とても小規模な施設であった。
  • 英国でもかっては身体障害児を家庭に閉じ込めておく傾向があったが、最近は社会に出していこうとする気風に変わってきている。
  • 重症児用には、マンツーマンで補充教員(パート雇用)が配置されている。
(6) モンクスパーク中高等学校
  • 現在の校長は1990年に就任して9年目、その夢は、下町の当校を一流校にすることだという。これまでの努力の結果、本年度は定員を100名越える志願者があったが、これは地域の信頼を得た証拠で、近い将来が楽しみであるとのこと。学校は、生徒数750名、教員数45名、事務用務員数10名で、年間必要経費1.7億ポンド(約3.5億円)で運営している。
  • 通学生は、大学教授の子どもから、貧しいエスニックの子ども(生徒の14%)まで、いろいろな階層の生徒が在籍。貧困層ほど学校に対して様々な要求があるが、学習面で困難な生徒が多い。校内では、いま17ヶ国語が使われており、そうした面からも教育的に様々な厳しい条件下にあるが、教職員一体となって頑張っている。
  • 1988年の教育改革以来、中央政府の財政的な支援が少なくなったが、教育の権限は大幅に各校の理事会に移され、学校のための資金集めは自由になった。
  • 当校の理事会は、校長を含めて、保護者、企業代表、政治家、教員代表らの14名から構成され、学校の管理、運営資金、教育内容などについて、頻繁に会議を持っている(理事会は最低でも毎週1回開かれる。理事長は週に3回程度来校し、常時授業参観をおこなって教員の能力を評価している)。こうした結果、改革前よりも、地域社会の要求が学校に反映されるようになり、それにつれて学校は地域のためのものとの住民意識が強くなっている。
  • 教職員の人事採用、給与は、理事長と校長で一切を決める。
  • サッチャーが教育改革のときに保健室を切り捨てたので、学校に常駐の看護婦はおらず、教員が代わりをやっている。
  • 教育改革以来、各学校は様々な挑戦を続けているが、当校は、外国の学校とのカリキュラム提携に力を入れている。例えば、インターネットを活用して、ドイツのハノーバー校と食事と健康についての情報交換、スペインのマドリッド校と劇を一緒に創作している。他にも、ギリシャ、オランダ、中国などの学校とも提携し、それらの学校から先生が来校することがある。
(7) キュームダウン小学校
  • 4〜11歳の児童350名を16名の教師で面倒みている。各学年は2クラスあり、政府の方針は1クラス30名以下の定員としているが、本校は教育の質確保のために24名以下にしている。予算は50万9千ポンド(約1.2億円)である。
  • 先日、学校監査があったが、とてもよい評価をしてもらえた。実際、350人の生徒はすべてよい子ばかりであると、自負している。(地域の校長会会長をしているという校長先生の談)
  • どの教室も、1〜2名の補助教員かボランティアの母親たちが、授業を参観したり手伝っていた。そして、前の週に学習した児童の作品群で部屋一杯がカラフルに美しく飾られており、とても温かなよい雰囲気であった。
  • オランダの子どもたちは素直で純朴な感じがしたが、イギリスのキュームダウン小学校の子どもたちはおとなしくて上品な感じを受けた。ワアーワアー、キャアーキャーというような叫び声を聞くことは全くなかったが、われわれは、たまたまそうした日に訪問したのであろうか。私が折り紙の作品をポケットから取り出してみせると、とても興味を示して作り方を教えて欲しいとねだられたので、担任の先生の許可をもらって、一緒に折り紙を折る楽しい時間を過ごさせてもらった。

〈ii〉 イギリスの教育の印象

 イギリスの学校もオランダと同じように、白人の子どもたちと一緒にアラブ系、アフリカ系の児童・生徒たちが、教室内にごく普通に大勢混在していたが、私が訪問した学校では、東洋系の子どもの数は、オランダの場合よりも少ない印象を受けた。それにしても、教室内の人種的国際化の進行には、全く目を見張らされる思いであった。
 教育制度の面では、1988年のサッチャー政権による教育改革、中でも学校のエージェンシー化の影響は非常に大きかったことが窺がえる。そして、この改革過程の初期の頃から現在まで、ずっと一貫して学校協議会委員会(School Council)が果たしてきた役割が注目される。金銭的な面だけでなく、学校と地域を密接に結びつける上でも有効に機能しているようである。今日本でも学校のエージェンシー化の問題が議論されはじめているが、その議論の過程で、是非こうした委員会の存在とその役割について紹介されるべきであることを強く感じた。
 また、大学の先生が講義の中で、1988年のナショナルカリキュラムは知識偏重に偏りすぎているので、われわれ教育関係者としては、学校の任務を元のように子どもたちの人格形成面重視の方向へ戻したいのであるが、多分2000年に予定されているナショナルカリキュラムの見直しでも、かってトピック毎にプロジェクトを組んで盛んに取組んでいた総合学習の復活は見込みがないだろう、との見通しを述べておられたのが印象的であった。
 どうやら、政府は、総合学習のような曖昧な性格の学習よりも、9科目の基礎学力をつけることを望んでおり、学習方法についても、効率的な方法として、イギリスで伝統的な個別的な授業よりも、アジアで成果を上げている一斉授業方式に注目しているとのことある。
 こうした動きを聞くと、イギリスも、オランダと同じように、現在の日本とは逆向きに教育の舵をきろうとしていると考えざるを得ない。一国の教育政策が、その国の歴史、政治、経済の動きと密接な関連をもっていることは当然のことだが、わが国とオランダ、イギリスの教育の向きがこれほどまでに違っているのは、私は全く予想外のことであった。
 今わが国で進行しつつある教育改革の重要なキーワードである、国際教育、個性重視の教育という概念について、もう一度深くわれわれ自身の頭で再検討し、考えてみる必要がありそうである。

〈iii〉 イギリスの国の印象

 これまでの私のイギリスについてのイメージは、「霧のロンドン」という言葉に代表される周囲が何となくもやっていて薄暗く、今にも小雨でも降ってきそうなわびしく曇った風景を勝手に想像していたが、そのイメージは今回の旅行で全く払拭され、私はとてもイギリスが気にいってしまった。ロンドンのすぐ郊外なのに、小高く波うちながら遠くの地平線まで延々と続く広大な緑の田園風景は、本当に見るものの心を和ませてくれる。
 私たちが、訪問させてもらった大学と学校が所在するバースは、その名の示す通り、もともと古代ローマ時代に温泉保養地として拓かれた土地とのことで、まるで町全体が博物館のような独特の趣のある、歴史の重みをどっしりと感じさせてくれる美しい小さな町であった。街には日本のような大型店舗はなく、個性的なショーウインドウと内装を凝らした小さな専門店がずらりと並び、それぞれクリスマス前の活気を呈していた。
 ロンドンでは、地下鉄のことをチューブというが、今回乗ってみて、その理由がよくのみ込めた。なるほど日本の地下鉄と比べると、かなり小さくて筒のような感じの電車である。それにアジア系やアフリカ系の人々が、1/3近くも乗車しているのが目についた。バースの街でも、地下鉄でも道に迷う体験をしたが、それぞれ青年と初老のおばあさんが、ゆっくりとわかりやすい英語で親切に説明してくれて助かった。
 ウエストミンスター寺院でニュートンら歴史上有名な人々の墓碑銘に出会えて、大いに感激した。しかし、大英博物館で見た、大英帝国が全世界から持ち帰った膨大な収集品と、ロンドン塔で見た歴代イギリス王たちの眩いばかりの王冠をはじめとする貴金属と宝石類の数々は、往時の大英帝国の繁栄ぶりをうかがわせると同時に、その略奪的な歴史を思い起こさせるに十分であった。さすがにイギリスは、歴史の重みを十分に感じさせる貫禄のある国であった。

[3]アメリカ訪問

〈i〉 教育の状況

(1) コンコーディア大学特別講義「アメリカの教育システムについて」
  • アメリカの教育システムは、州ごとに独立性と独自性をもっており、同じ州内でも、学年の区切りなどは学区毎に独自に決められる。したがって、一つの州のシステムだけを見て、それを全米のシステムと誤って理解してもらっては困る。
  • 全州に共通なのは、次の2点だけである。その一つは、義務教育は幼稚園の5歳から開始されるということ、二つ目は、その後13年間の公立学校の経費は、昼食費を除き、教科書、教材などすべて無料ということである。
  • アメリカでは、重症障害児も、可能な限り普通の学校で教育することが原則になっている。
  • 全米に共通なナショナルテストのようなものはないが、大学に入るためのテストとして、SATとACTの2つのいずれかを受けることになっている。なお、大学入試に必要な資料は、1.SATまたはACTのテスト結果、2.学校の成績、3.学校の推薦状、の3つであるが、最近多くの大学が、1を最も重要視しはじめている。
  • 当オレゴン州における教育問題の最大の関心事は、アメリカの子どもたちの学力が危機的状況にあるという1983年の報告を受けての教育改革の取り組みである。しかし、アメリカでは、州は教育の予算編成権はもっているが、カリキュラムの統制権は有していない。
  • オレゴン州の取り組みは、1991年に成立した「21世紀教育向上法」によって開始され、1998年に一部が修正されて、学力向上のためのプランと、評価法の見直しプランの2点から成る。その結果、3,5,8,10,12の各学年(年齢的には、9,11,14,16,18歳)で、当オレゴン州のすべての学校で学習到達度テストを実施することが義務づけられた。
  • 評価法は、従来のような結果だけをみるのでなく、問題解決のプロセスもしっかりとみて評価しようとする方向に変化した。その実行のためには、教師1人当たりの生徒数は20人よりも10人、さらに5人くらいの方がよい、と現場の教員は考えているが、州の予算面の制約から、現状は30人程度になっている。
  • オレゴン州の到達度テストは、OCCG(オレゴン共通到達目標:教師は何を教えるべきかを示したマニュアル)、CIM(10年生までに到達すべき基本目標)、CAM(12年生までに到達することが好ましい発展的目標)、ベンチマーク(生徒の到達度を調べるためのテスト)、ベンチマークファイル(各生徒のテスト結果の記録)から構成され、テストは、単にペイパーだけでなく、口頭で話したり返答したりするパフォーマンス的な内容も入っている。なお、CAMは将来大学入試と関連させられる予定である。
  • オレゴン州の教員免許は、大学卒で15週間の教育実習を体験し、CBEST(教養テスト)、またはMBAT(CBESTよりも少し上のテスト)に合格し、PRAXTS(専門教科のテスト)にも合格した者に与えられる。
  • 以上のような教育改革の影響で、現場の教師は、到達度評価テストで良い成績が出せることを意識した授業をするようになってきている。これは必ずしもいい傾向とはいえない。
(2) ポートランド教育委員会
  • 住民投票で選出された7名が本学区の教育委員(すべてボランティア)で、その傘下に、6200人の教職員と5万3千383人の児童生徒を擁し、小学校63校、中学校17校、高等学校13校を指導している。
  • これらの学校以外に、小中学校、中高等学校、イマージョンスクール(immersion school)がある。イマージョンスクールは、午前中に日本語で学んだ数学を、午後に再度英語でも学ぶという、特別な学習方法を採用している学校である。イマージョンスクールには、日本語のもの以外に、スペイン語2校、中国語1校がある。また、特定の分野について特別に深く学ぶことを目的とする学校もある。そのような例としては、環境問題、数学、美術についての学校がある。(なお、アメリカにおいて、こうした特別な学校は、マグネットスクールという名で呼ばれることもある)
  • 教育委員会には、180名の地域住民がボランティアで参加し、支援してくれている。
  • ポートランドでは、子どもの90%が公立校に在籍しているが、このように公立校への通学率が高いのは、オレゴン州の全米における学力テストの結果がよく、地域住民から信頼されている証拠である。因みに、シアトルでは公立への在籍率は60〜70%程度で、残りは私学に通学している。
  • 地域住民の最近の教育要求は、コンピュータ、インターネットなどの新しいものへの対応と、英語と母国語の充実である。特に急増したメキシコ系住民からは、教科教育は、直接スペイン語でやって欲しいとの強い要望がある。しかし、連邦政府は、統一国家としてアメリカを維持していく必須条件として、「アメリカの国語は英語だけ」の一線を守り通そうとしている。
  • 各学校には、スクールポリス(警備員ではない、銃を携帯した本物の警官)が常駐している。その任務は、生徒を危害から守ること、学校の器物の保護、盗難対策などである。
(3) ベンソン(BENSON)高等学校
  • 1919年に創設されたポートランド唯一の技術高校。生徒数は1470人(女子生徒は35%)で、内訳は白人59%、アフリカ系22%、アジア系14%、インド系2%、その他である。
  • いろんな民族的背景をもった生徒が集まっているので、差別的な問題が起こらないよう、生徒会と一緒に様々な活動をすると同時に、カウンセラーを置いて、適切な対応を心掛けている。ただし、学校の責任は、学校内だけの問題に限られ、学校外で起きた非行問題などは家庭の問題として、学校は一切関知しない。
  • 1、2年生は基本学習をし、3、4年生でコースに分かれて専門の学習をする。本校は技術系の学校だが、数学、科学、英語などの一般科目も必修である。
  • 放送、建築、コンピュータ、コミュニケーションのコースが設けられており、10%程度の就職希望者を除く全員が、4または2年制大学へ進学する。本校での修得単位の内、コースによって9から15単位が、大学の単位としてそのまま認定される。
(4) パークローズ中学校
  • マレーシア、ウクライナ、南米各地などからの移民の生徒が在籍しており、19種の言語が校内で飛び交っている。
  • すべての生徒にアメリカ史を教えるが、その時、同時に各生徒の母国の歴史も話してもらい、互いに異文化に触れる国際理解教育をしている。
  • 保護者に呼びかけて、専門の仕事の話しをしてもらったり、教育を手伝ってもらったりと、いろいろな形の協力をしてもらっている。
(5) シェイバー小学校
  • 本校では、「学校の主人公は子どもである」をモットーに、14名から成るサイドカウンシル(side council:オレゴン州の法律で設置を義務づけられた、教師、親、地域住民で構成する学校協議会。その運営実態は、精力的に機能しているものから単なる象徴まで、学校毎に大差万別であるという)で方針を決め、すべての教育を進めている。
  • 学習進度が遅れ気味であったり、障害をもっていたり、英語力が不十分な外国人児童のために、学校と提携した特定企業の社員や保護者が70〜100人も、ボランティアとして支援してくれている。
  • 現校長が赴任するまでは、子どものしつけについて、学校はほとんど何もして来なかったが、現在はサイドカウンシルと協力して、そうした問題に積極的に関与するようになった。例えば、昨年は373人の問題行動に対して、532通の手紙を保護者に送付し、校長とカウンセラーが家庭訪問をし、さらに警察とも協力して問題解決に当たってきた。そうした努力の結果、本校の問題生徒は激減し、今は落ち着いたよい雰囲気の学校へと変化した。
  • 最新の研究によれば、ある種の芳香を漂わせると脳の働きが活性化するといわれているので、わが校の教室には香料が設置してある。また、部屋の明かりは暗い方が集中力を増すといわれているので、このことも取り入れて実行している。
  • オレゴン州では、現在大きな教育改革が進行中なので、現職教員の研修を必要としている。そのため、毎週火曜日の午後は、外部から講師を呼んだり、教師同士が教え合ったりして研修会を開いている。近くの学校が連合して研修会をもつこともある。
  • コンピュータについては、各教師の教室の部屋毎に3台設置されており(すべてインターネットへの接続可能)、生徒や教師がワープロとして使用したり、COーROM教材を入れて利用したりしている。生徒用には、ほとんどキーボードだけからなる、入力専用の35台の簡易コンピュータ(Alpha Smart Pro Mac/UGS PCという名称が記してあった)が各教室に準備してあり、生徒はこれを用いて個別にデータの入力が可能。もしも必要なら、それらのデータは直ちに教師のコンピュータに転送してプリントアウトもできる。最近は、デジタルカメラやスキャナーを使って、生徒がレポートや美術作品をつくり、教師の方がついていきかねるという状況が生じている。
  • 教科学習を楽しく学ばせるには小人数ほどよいのだが、オレゴン州の教育費が十分でないために、これまで、本校の一教師当たりの生徒数は20〜25人以下だったのが、学年によっては、35,6人にせざるを得なくなっている。これが、教育条件についてわれわれが抱えているの最大の悩みである。
  • 当校では、日本語の上手な若い女性教師(父親の仕事の関係で、子供時代は立川基地で生活していた)が簡単な日本語を2,3年生に指導している。
(6) 日本語補習学校
  • 現地中学校校舎の一部を、毎週土曜日だけ借りて、現地企業で働く日本人子弟(小学生から高校生まで)の学力維持のために、午前中は国語、午後は算数・数学の補習授業を実施している。学期の節目に、学芸会などの楽しい行事も取り入れている。
  • 文部省から派遣された校長だけが正規の教員で、他のスタッフは一般の民間人である。学校の運営は、児童生徒の保護者と現地日系企業の人たちから支援を受けることで何とかてやっているが、かなりの活動をボランティア活動に頼らざるを得ない。
  • 元々補習学校は、日本へ帰ったときのこどもの学力維持を目的に設立されたが、最近は、日本語を学びたい外国人のための日本語学校化しかねない兆しが出てきている。もし、そんなことになれば、今のような授業の成立が不可能になるため、何とか対策を考えなくてはならない。今年は8名の新入生に、日本語の力が十分でないからという理由で辞退してもらう事態が生じた。
  • 帰国子女の受け入れに際して、英会話力と受験英語力とは別物であることを、くれぐれも十分に承知しておいて欲しい。
  • 折角外国で身につけた考え方や態度を有効に生かせる学校が、日本にほとんどないことがとても残念である。日本に帰ったときの受け入れ体勢の不安や最近の日本を巡る情勢などから、やむなく、あるいは積極的に、直接現地の高等教育を受けようとする生徒が増えてきている。

〈ii〉 アメリカの教育の印象

 訪問した中学校で2時間分の授業を自由に参観させてもらったが、教師個人によって教室の雰囲気にずいぶん差があることを感じた。ヨーロッパと同じくアメリカの学校も、各教室に生徒の作品がとてもカラフルに掲示してあって、一般に日本の教室よりも華やかで楽しい雰囲気である。
 私が参観した中学校の数学の授業は、最初に、宿題の答えあわせをしたが、教師は、指名した生徒のみを相手に話しのやり取りをするだけで、ペチャクチャおしゃべりしたり、内職したり、勝手に遊んでいる生徒がいても、一切かまわず何の注意も与えずに授業をすすめていたので驚いた。参観中、ほとんどの生徒が授業を聞いていない有様で、これでは基礎学力をつけるどころではないと感じた。また、私たちが生徒に質問しても、オランダやイギリスの生徒は、例外なく一生懸命に応えてくれようとしたが、この教室の生徒は、どこか態度が投げやりで、ぞんざいであった。たまたまこのような授業に出くわしたのか、それともこれが普通の状態なのか気になるところである。
それと比べて、小学校の児童は明るく素直で、オランダやイギリスと同じく、好奇心に満ち満ちており、ここでも折り紙は大好評であった。先生の指示や質問に、積極的に手を挙げて、はちきれんばかりの元気さで応えていた。日本でも、小学生から中学生になれば、雰囲気も態度も変化するが、どうもそれらとは異質の無気力な感じを受けたのは、視察団員中、私だけではなかったようだ。
 オレゴン州は、学力の到達目標を設定して、その達成度を州全体に共通のテストで調べることをすでに開始している。アメリカの教育は各州毎に独立しているので、他州も同じというわけではないらしいが、国全体として基礎学力充実の方向へ力点を切り替え、大学の新入生選抜も学力面を重視する方向へ向かう傾向にあるのだという。アメリカも、オランダ、イギリスと同じく、日本と逆方向への改革を進めようとしている。しかし、われわれが参観した中学校の授業と同じ有様が、もしも全米において一般的であるのならば、予期した成果をあげることは極めて困難だろうとの印象を持った。それとひきかえ、日本語補習校の児童・生徒の真摯に学習する姿は、とても新鮮で爽やかであったが、どこかしら悲壮感が漂う気配すら感じられた。

〈iii〉 アメリカについての印象

 旅行前、今回の視察で訪れる3国の中で、最も身近な国として具体的にあれこれ思い描いていたのがアメリカであったが、その現実とわたしの想像との間には、相当の隔たりがあった。
 明るく広々とした国という想像はその通りであったが、歴史の重みをずしりと感じるヨーロッパを見てきた目には、アメリカで目にする大きな建物群は、何とも安っぽく、成金趣味に見えてしまうのであった。これまで、アメリカ人はヨーロッパに憧憬の念とコンプレックスの感情を同時に抱いていると耳にしていたが、なるほどさもありなんと納得する思いであった。
 紅葉の美しいワシントンD.C.では、有名なスミソニアンの博物館や美術館群を訪ねて、それらの素晴らしい内容を満喫した。しかし、余りにも膨大な展示物を、これでもか、これでもかと並べ立てている有様は、あたかも自国の浅い歴史を補うための国威発揚の道具として使っているかのような印象を与えかねない。スミソニアン関係の入館料はことごとく無料である。それどころか、各館ごとに丁寧な説明書までもくれる。そうした、文化的な豊かさを感じさせる面と対照的に、街のあちこちにホームレスの人々(その多くは黒人であった)がいて、物乞いをしている姿が気になった。
 ホワイトハウスはともかくとして、国防総省のペンタゴンを若い軍人の解説者を付けて案内させ、無料で見学させてくれるのには驚いた。日本の旧陸軍参謀本部の内部を、日本人はおろか、外国人にまで見学させるなど、全く想像も出来ないことである。これには、アメリカという国の楽天的な開放性を目の当たりにする思いで、とても好感がもてた。


〔 IV 〕 おわりに

 今回の視察旅行を通して、現在わが国で進行中の教育改革の重要なキーワード、国際教育、教育のエージェンシー化、個性重視の教育という諸概念が、実はことごとく外国から入ってきたものであり、しかも、それらの有効性と限界が、それぞれオランダ、イギリス、アメリカで検証されつつある教育政策であることを知った。しかし、教育はその国の政治、経済、歴史と密接な関連をもってダイナミックに動いているものだけに、他国のおかれた政治的、経済的な状況の具体的な検討を抜きにして、それらの結果を、そのままわが国に当てはめることはできない。それにしても、わが国とオランダ、イギリス、アメリカの教育改革の方向が、これほどまで違っていることについて、これらの国の教訓から謙虚に学び、もう一度深くわれわれ自身で考え検討してみることが、どうしても必要であるように思える。
 この度の視察旅行を通して、私は実に多くのことを学ぶことができた。まさに百聞は一見に如かずであることをつくづく実感した思いです。
最後になりましたが、こうした貴重な研修の機会を与えて下さった関係各位の方々に篤くお礼申し上げます。そして、今回の体験を、少しでも今後の仕事に生かすべく努力することをお約束して、私の報告を終わります。