平成14年度研究紀要(第37集)

公開授業研究会
「国際理解」をテーマとする「総合的学習」の試み−更なる展開−

中野 信行・宮川  康
山田 典子・佐々木 利昌
末廣  進・中井 一郎
吉村 勇治・足立 正人
樋口 正次・杉本 志穂
梶木尚美

人権教育

しあわせ社会計画
 −体験的参加学習による人権教育の試み(完全版)−
隅田 悦子
国際教育
日本に一番近い国韓国のことを聞いてみよう
 −2002年度1学年合同LHR報告−
隅田 悦子・奥村 芳和
松山 克則・田中 博康
教科教育
国際枠授業における生徒に関する資料及び授業報告 数学科:岡本茂雄
国語科:楢崎育子
学校運営
IT利用手作り学校新聞 本校会報「欅坂」について 松崎 雅夫

個人研究

ネパール・ヒマラヤ紀行
 −「アジア」との出会い−
佐々木利昌

2002年度公開授業研究会報告

「国際理解」をテーマとする「総合的な学習」の試み−さらなる展開−

「総合学習」授業担当者
山田典子・中野信行・樋口正次
佐々木利昌・吉村勇治・末廣進
杉本志穂・足立正人・中井一郎
宮川 康
研究協議会記録
梶木尚美
国際教育委員会
教育研究実習部

 7日(水)のl時15分より、奈良教育大学教授・国際理解教育学会理事の田渕五十生先生を助言講師にお招きし、本校恒例の公開授業研究会を開催した。新教育課程「総合な学習の時問」の先行実施科目として昨年度設置した「総合学習I」「総合学習II」「総合学習III」科目を本年度は「総合学習I」「総合学習II」の2科目に改編し、グループ別探求型学習を行なっいる「総合学習II」の10グループの授業を同時公開し、研究協議を行なった。校外からは大阪・兵庫・東京・徳島より29名の先生方(国語4名、地歴公民7名、数学4名、理科1名、音楽1名、健体育2名、家庭5名、英語5名)にご参加いただいた。本稿はその報告である。
(本稿は研究会当日に配布した「要項」掲載のものを執筆者が加筆訂正し、新たに「研究協議会報告」「『参加者アンケート』抜粋」を加えて再編集したものである。)

[本報告の構成および執筆者】
1.2002(平成14)年度公開授業研究会概要(宮川)
2.本年度「総合的な学習の時間」の取り組みについて(宮川)
3.本校が目指す総合的学習と国際教育(佐々木)
4.公開授業
 A1.日本人は何を食べてきたか(山田)
 A2.食のマンガ・文学・コトパ(中野)
 A3.インターネットを使って、世界の「食」を知ろう(樋口)
 B1.世界の飢餓を考える(佐々木)
 B2.クルマ社会と人権(宮川)
 C1.食と安全(吉村)
 C2.交通事故の案態(末魔)
 D1.“考える”調理実習(杉本)
 D2.「食」の観点から;見た世界の中の日本(足立)
 D3.生態系におけるヒトの影響−食べ物と物流を通して−(中井)
5.研究協議会報告(梶木)・
6.「参加者アンケート」抜粋(宮川)
7.おわりに(宮川)


しあわせ社会計画

−体験的参加型学習による人権学習の試み(完全版)−

英語科.隅田悦子

1.はじめに
 2001年度の総合学習I「国際理解基礎」の中で人権学習分野として実施した上記タイトルの試みについては、すでに前回の本校紀要第36集でまとめを報告したが、前回は紙面の都合で授業プリントや生徒の振り返りを掲載することができず、不十分なものであったので、これらを含んだ完全版として再度発表させていただくことにした。前回の発表と重なる部分も多いことをご了承願いたい。
2.授業の目的
 「人権」と聞くと、とかく私たちは自分とは関係のない世界の難しい問題と考えてしまいがちであるが、実はこれほど自分にとって身近であらゆる問題の根底に横たわっているものはない。2001年度の総合学習Iのテーマは「国際理解基礎」であったが、様々な国際問題の根底にも人権の問題が含まれていて、人権感覚なしには国際理解もありえないと言えるだろう。そこでこの国際理解の基礎として必要な人権感覚を磨くことを大目的として、5時問の人権学習を総合学習に組み入れてみた。具体的な目標は、

  1. .「人権というものは他人事ではなく、自分がしあわせに生きていくために最も身近に必要なものである。」ということに気づきくこと。
  2. 自分たちが生きていく社会をよりしあわせな社会にしていくために、どのような姿勢で何をしていけばよいかということを考えていくこと。
  3. 互いの人権を尊重することや様々な人々と共生していこうとする姿勢を育てること。

の3点である。


日本に一番近い国“韓国”のこと聞いてみよう

一2002年度1学年合同LHR報告一

47期生担任 隅田悦子 奥村芳和
松山克則 田中博康

1.はじめに
 47期生は現在総合学習Iで「国際理解基礎」として、国際理解を深めていくための授業をいろいろと工夫しながら行っているところである。その一環として、異文化を理解していくうえで、その国の文化や人々に直接接してみることが大切だと考え、LHRに身近な外国人をお招きして、お話を伺うという機会を設定してみた。
 2002年は日韓の「文化交流年」であることにもちなみ、日本に一香近い外国であり、6月のワールドカップ共催を機に、日本との友好ムードも高まった韓国の方に来ていただき、直接その文化について質問応答形式でお話を伺うことにした。日本と韓国の共通点や相違点に気づくことを通して生徒の異文化理解への興味・関心が広がることを願って実施した。
 お招きしたのは大阪大学基礎工学部大学院研究生として日本に留学中の朴東輝(バク・ドンヒ)さんという方で、日本滞在も7年目ということで、日本語も十分使いこなされるので、生徒とのコミュニケーションも問題なく行っていただけた。


国際枠授業における生徒に関する資料及び授業報告

数学科:岡本茂雄
国語科:楢崎育子

 本校では平成7(1995)年より、国際化社会に対応した教育研究を行うため、特別枠として帰国生徒と外国人生徒を募集している。平成12(2000)年より特別枠生徒の呼称を国際枠生徒と改めた。国際枠生徒の募集は、国際化社会で活躍できる人間の育成をめざして、新しい教育課程や授業方法の開発、教育実習や教育システムの開発・研究を進めることをねらいとしている。本校では、国際教育委員会を設け、日々研究を進めている。
 また入学者は普通学級に入り、本校の教育課程に基づいた教育を受ける。
 一口に国際枠生徒といっても、諸国の現地校でそれぞれの教育カリキュラムで中学校生活を送ってきた者や、日本人学校で日本の教育カリキュラムで中学校生活を送ってきた者もいる。特に現地校の生徒は「外国語」として「日本語(国語)」を学ぶわけである。最初は(日本での)古文、漢文の授業はもちろんのこと、現代文の通常授業についてもとまどう者がいる。また数学についても、教育課程の違い、日本の授業の進度、数学的な表現方法の違いなどとまどう生徒も多い。ところが、逆に日本とは違う、様々な授業方法(形態)で過ごしてきており、それらを取り入れることで様々な教育活動が可能になると考えられる。以上のことを踏まえつつ、本校では、「数学演習」「国語演習」という国際枠生徒の授業を取り入れている。
 実際の授業の取り組み方に関しては、その年によって、現地校と日本人学校卒業者の比率、中学校ら授業についての理解度、取り組み方など様々な異なった要因があるので、生徒の状況、生徒たちのこの授業の進め方に関する意見、要望なども踏まえて行っている。通常授業の補充、質問、発展
学習が主である。
(注:履修単位には合まれないので生徒の二ーズに応えて様々な活動が可能である放課後に行っている。国語、数学とも同時間帯、同場所で行っている。)
 私たらは2000年度からこの授業を担当した。手探り状態で始めたため、至らないところも多いと思われるが、反省及ぴ今後の展望を考え、年度別にこれまでの国際枠授業に関する授業報告、個々の生徒の状況、活動について報告したい。


lT利用手作り学校新聞

本校会報「欅坂」について

松崎雅夫

(I)はじめに
 現在本校の学校新聞は、「欅坂」という名称でよばれ、新聞ではなく会報として発行されている。この会報は発刊以来、すべての号がITを利用した手作りで作成されてきた。会報「棒坂」に関して、私は本年度の第44回全国々立大学附属学校連盟高等学校部会教育研究大会(平成14年10月於大阪)で、戦後50年問の高校新間の歴史を振り返りながら、「欅坂」の生い立ちと発刊の意図について発表する機会をもった。本小論はこの時の内容を踏まえながら、今回は少し視点を変えて、会報制作上の特徴(ITを利用することによって編集の手間が大幅に短縮される)と過去4年問にわたる「欅坂」の内容にポイントをおいて報告し、最後に「檸坂」の現時点までのバックナンバーの全項目を資料としてまとめて掲示しておくことにしたい。
 今後学校新間発行の省力化を計画しておられる学校に、本小論が多少なりともご参考になれば幸いである。


ネパール・ヒマラヤ紀行

−「アジア」との出会い−

地歴科 佐々木利昌

〔まえがき〕
 2002年8月7日の夕暮れ、南アルプスの千枚小屋で茜色に染め上げられて行く富士山を陶然と眺めていた。そしてそのままに撮影することができた。出来あがった作品「富嶽夕照」を見て、無雪期の山ではこれ以上の作品はもう撮れないだろうと感じた。そんな折、8月下旬のある研修で、かつて大阪府立牧野高校に勤務していた頃の同僚のI先生に久しぶりに会って、旧交を懐かしんで昼食を共にとった時、彼が中国四川省の四姑娘(スークー二十ン)峰〔標高6225m]に登ったという話を聞いた。そしてカラコルムなどの海外の高峰の魅力を語ってくれた。これを聞いて私の心の中に「よし、自分も近いうちに海外の山に行ってみよう」という強い意欲が生まれた。行きつけの大阪駅前の登山用品の店に立ち寄った折り、パンフレットをもらって、A社に問い合わせてみた。「夏休みを利用してヒマラヤヘ行ってみたい」と言ったら、「ヒマラヤは雨季だから夏休みは難しい、他のコースを検討してはどうか」というような返事だった。しばらくしたら、分厚い資料が届いた。この資料を見ていたら「天山・パミールトレッキング」というのがあった。これなら夏休みを利用して行けるし、少年の頃からの憧れだったシルクロードの街カシュガルにも行ける。これにしよう、と思った。
 10月中旬、A社からトレッキング説明会の案内が来た。年末年始のヒマラヤトレッキングの説明会だ。このとき、心は天山・パミールに向いていたので、「参考までに聞いてこよう」という程度の軽い気持ちで10月22日の夜、大阪市内の説明会に行った。がらんとした会議室には私のほかには中年の女性客がひとり、社員の若い男性がひとり。「大丈夫かな?」と思ったが、そのまま説明会の開始を待った。ビデオとスライドによってススクリーンに映し出されるヒマラヤの高峰の圧倒的な山容に息を呑んだ。「これはすごい!」と思った。日程を聞けば、12月27日(金)から1月5日(日)までの10日間だという。これなら学校の勤務に全く影響ないから「行けるかもしれない、いや行こう、これに決めた!」というふうに説明会が終わる頃には参加を決意し、その場で「仮申し込み」をしてしまった。そして妻にも電話をして「年末にヒマラヤに行くことにしたので、申し込みを済ませたよ」と伝えたら、電話口で驚いている様子が伝わってきた。こうして今回のヒマラヤ行きがスタートした。
 私は海外旅行は初めてである。パスポートの取得から始まって書類を整え、11月中句にようやく正式申し込みに漕ぎつけた。あとは必要な装備を普段の夏山撮影登山を参考にしながら整えて行けばよい。ありがたかったのは同僚の○先生が東京出張の折りにアンナプルナ周辺の地図を買ってきてくれたこと、ネパール旅行の経験のあるN先生が何種類かの地図を下さったことだ。私も高槻の図書館に行ってヒマラヤ関係の本を何冊か借りてきて読んだ。最も役立ったのは『ネパール・ヒマラヤトレッキング案内』(山と渓谷社)だった。結局これは自分でも購入した。こうして次第にヒマラヤ行きの準備が整って行った。


詳細は研究紀要に掲載しています。