「食の文化祭」実行委員長より



今回の食の文化祭の準備は我々に様様な事を教えてくれたと思う。
2年のこの時期は本校の伝統として、<2年で二回目の師走>がやってくる。
にもかかわらず、我々は今年、最初(で最後?)の総合家庭科大発表会であ<食の文化祭>をやることになった。だが、人間はそういう状況の中では<ネコ>を被れなくなるのだろうか、普段、何気なく接している人の他の一面が見えてくる。他の一面とは、様々な所に見受けられる。例えばその行動や言葉や好奇心の強さに普段とは違った様子が見えてくる。そして、最終的にはそれらの普段との違いはその人の<価値観>が、新たな局面を迎えるにあたって、その人にとっては普通であっても、周囲の人々が初めて見る<不可解な>言動は、ついには<対立>をも生み出す。
 しかし、忘れてはいけない事がある。<人間の価値>と<人間の価値観>は根本的に違う。こんな事をいうと<アタリマエ!!>と言われるかもしれないが、ではあなたはこんな事をした事はないだろうか?<あの人は、私達が一生懸命やっているのに一人だけさぼっている!!!><あいつは所詮あんな程度の人間だ!!>といったことはないだろうか??
だけれども、こう言っている時点であなたはすでに人間の価値に関する領域にまで言及しているのだ。<所詮あんな程度>は人間を<言動の定規>によって自らの中で裁き切っている。言動によって、人間を直接に攻撃することはなくとも、一度、他の人に対して持った<人間の価値>はなかなか消えない。その結果、意識していなくても、マイナスイメージをある人に抱いていれば、どうしてもそのある人と同伴する時などに、空気がややもする。
だからこそ我々は、下手に他人に関してその価値観に触れる様なことを避けたがるのである。そして、下手に他人の人間としての価値を定規を持って測るべきでないのである。互いが互いにある程度リミッターをかけて互いを害さないようにしてその一つの目標を達成しようとする意識が大切なのだ。
でも、何も真実を隠せと言っていない。言うべき事は言うべき事として、紳士と淑女としての人間的交流をした方がいいと言っているのである。言いたい事を、ぶちまけてその場を去るような人は去り際に<信頼>を失い、また、真実を以てして接しなかった人は<後悔>を手渡される。
とにかく。済むのであれば、穏健に済ませるのが一番なのだ!!
<ただし、目標を達成する事は暗黙の了解として心に留めておかねばならない>
ところで、今回の<食の文化祭>で、これを読んでいる貴方は<信頼>を失ってはいませんか?<後悔>を手渡されてはいませんか?
もう、目標は達成したのですから、今回の貴方のこの目標に対する言動が何かを引きずっているのなら、ちゃんと再生しておいてください。
以 上!!
河野飛鳥



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