2−3 環境班 REPORT



"難民と食事" 環境部門 REPORT



1.難 民 の 現 状

人間が、食べられない状態(即ち"飢餓"の状態)に陥るとどうなるか...

難民の子供たちは"落とし卵"のような、膜を目に帯びるという。写真などでよく見かけるようなおなかだけ鞠のように膨れて,あとは骨だけのような体になる。
そして,目に帯びた膜は,水色を帯びて灰色っぽくなってくる。この現象は,極度のビタミンAの不足、結核菌や,ウイルス性肝炎などのありとあらゆる病原菌の感染によるものと見られている。こうして冒された体は,最後に眼球の後ろの骨が蝕まれる形となる。こうして骨は眼球を支えきれなくなり,眼球はこぼれおちるという。
現在,上に述べたような程度にはならないまでも、全世界で食べられない人は6億人。
このような飢餓の実態には、先進国の関するところによる原因は多い。

  1. 多国籍企業の力を振りかざし,植民地時代からのやり方を引き継いで農民の土地を安く買い上げ,キャッシュ・クロップスの耕作に当てて,フード・クロップスの耕作を不可能にしてしまう。
  2. 独立した若い国々がほしがっていること―即ち布告の国々と一刻も早く肩を並べたい欲求―に目をつけて道路,都市の拡張などに企業が金を注ぎ込む。
  3. 農民たちが,やっとのことで生産する食べ物は、不当に安く買い上げられ,生産意欲は低下し,貧しいゆえに肥料その他の必要品も入手できず,食い上げた若者は仕事を求めて都市部へ行き,そこにはスラムが出来る。農村は過疎になる。農地は荒れる。自給自足できなくなる。食品を買おうとするが,先進国のレートで上がる値段は,農民たちには手が出ない。
  4. 途上国の植民地時代の遺産の一つである国境付近の紛争のため,途上国は武器を、先進国から高値で買う。でも贅沢主義の先進国は,素朴な途上国の農作物は買わない。

そうした途上国の経済破綻は,交通破綻をも招く。そして国はストップした状態になる。
どうにも動かないから,政府は焦り,アメリカ・ロシアどちらかの依存となってしまう。

つまり、アフリカその他の途上国の飢餓問題は,東西問題に結びつくのである。

2.難民の食事

基本的に,難民は自給自足ではないので,援助される食料に頼る部分が大きい。
ユニセフは,"ユニミックス"と呼ばれる栄養固形食を配布している。WFPではメイズとビーンズ、国際赤十字は米と油を援助している。飲み水は,水道がないので,これも援助されるミネラルウオーターのタンクによってまかなわれている。"ユニミックス"以外の食べ物としては,小麦粉や,砂糖,塩、あとは、ビスケットのようなものが主食となっているようだ。難民一人が,一日に食べる食べ物の総額は約30円/日である。
しかし、実態はなかなか食料は行き届いていないようである。ユニセフは組織が大きすぎるせいで,動きが鈍く,申請から配給まで時間がかかるし、国際赤十字は貧困集落を回って配給しているため,範囲が広いと対応しきれない部分がある。
このように、国際的に大きな組織でも,それゆえの欠点により,途上国にとっての十分な
ヘルパーにはなり得ていないというのが現状なのだ。

3.日本からの援助とその問題

今まで述べてきたように,難民を含め,発展途上国の人々は,他国及び国際機関の援助がなければ独立してはやっていけない状況にある。そして,わが国日本も、今日は先進国の仲間入りをし,発展途上国の援助をする立場にある。その援助の中にある、問題点とは一体なんだろうか。

日本は世界有数の援助大国である。毎年の予算の中でも,軍事費に並んで"突出"を続けている。日本の援助のあり方について問題が残り,議論を重ねつづけてきたものの"貧しい国や人々への援助は当然"という一般人の受け止め方,"国際社会からの要請"という政府の大義名分に支えられて,途上国援助の予算は増額を見てきた。
ただ、この一般人の"援助"という言葉の定義も,甚だ怪しいものがある。一般人の考えている"援助"と実際に政府が行っている"援助"は、一致しているのだろうか。
日本の援助というのは,政府開発援助,即ちODAがそのほとんどを占めているが,そのODAが諸外国から良い評判を受けていないのだ。その理由として、

  1. 贈与の割合が低い。55.2%で、先進国中16位。そのおかげで,援助額1位のはずの日本に、アフリカから年間500億ものカネが還流している。 
  2. "紐付き援助"の割合が高いこと。援助資金で買う商品を,援助国の製品に限定するので、"援助"が"輸出"になってしまう。
  3. 日本の対途上国援助の内訳を見ると判るように,電力,運輸,通信などの公共事業が半分以上、鉱工業、建設を加えると8割以上になり、途上国の中の貧しい人々が本当に必要としている教育・保険・福祉の分野は1割にも満たない。これは,その途上国のインフラストラクチャーを整備し,日本の企業が後に進出しやすくしているのである。 


しかし,こうした政府の途上国援助の実態を,国民はほとんど何も知らない。"外交機密"、"相手国主権の尊重"、"企業秘密"という名目で詳細は国民に伝えられないため,先に述べたような一般国民の考え方が揺るがないのである。すると、"援助をしてやっている"という優越意識が先進国民に芽生え,援助がなければ何も出来ない,という途上国の"援助依存病"が発生してしまう。
そもそも途上国には,援助が必要なわけではない,という声もある。そういう事なのである。"援助"よりも、途上国では"発展"を必要としているのだ。
だから,今回のテーマである"食"つまり援助に関するところの"食援助"とは、ただ食べ物に困っている人のところへ食べ物を渡す,それだけのことではないのだ。彼ら飢餓難民が,体力を回復したあと,自分たちで出来るだけ食べ物を作り,自給自足自立の誇りを生産力,生産技術もろとももてるよう助けることを目指さなくてはならないのである。

4.難民と援助―われわれのあり方―

飢餓の中で暮らすような難民が,どのような生活を強いられてきているのか、それに対してわが国のような先進諸国が何をしてきたのか,現状は、おおかたとらえられてきているが,現状を把握しただけではそれこそ難民の"環境"改善にはつながらない。
われわれには,ODAの援助がどうのという前に,考えなければならないことがある。なぜ、アフリカをはじめとする南の国々がそれほどの貧困の中に置かれているのか。それは、植民地時代以降も北の国々が南の国を搾取しつづけているからであり,その構造を変えて行く事の方が援助より重要なのではないのか。また、日本の第三世界報道で当たり前のように言われている"貧しい""送られてくる""供給国""同情""救援"といった言葉,そしてその言葉に込められるわれわれの途上国の見方にも大きな問題があるのではないか。援助を行った,と満足するのではなく,今の生活を続けるだけで南の人々を搾取しつづけ,抑圧してしまう構造に組み込まれていることに疑問を抱きつづけることが大切なのではないだろうか。
われわれが今一番にすべきことは,途上国や難民、そしてそれにたいする先進国の援助の実態を"知る"ことだ。ただなんとなく,"ああ,貧しい人を助けてんだ"と思っていたのでは,この問題は解決しないだろう。われわれが直面している問題をよく理解し,われわれが置かれている立場をよく考えて,その上で自分なりに、難民のことについて意見を持つことで初めて,この世界の構造を変えるための第一歩が踏み出せるのではないのだろうか。



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