人食いがタブー視される理由

2年1組 小 川 なつき



はじめに

 桝形先生の授業を受けたのはかなり前のことで、夏休みの宿題といわれたときにはもう内容はぼんやりとしか覚えていませんでした。けれどその中で人肉喰いの話は良く覚えていました。ふつうならこのような話はみんな首筋がぞっとする、気持ち悪いといやがりますが、私はそのぞっとする中に興味をそそられてしまうのです。
 そんな話の中で先生が「無意味な殺人よりも、やむをえなく人肉を食したという方が罪が重く感じられるのはなぜか。」というようなことをおっしゃっていて、質問の内容はよく覚えていないのですが、先生のそのようなつっこみに驚き、よくそんなことを考えついたもんだと感心したことは今でもよく覚えています。その質問のあとで、「ひかりごけ」の話をされて、今度読もうかなあと思っていたので今回の参考文献に「ひかりごけ」を選びました。このレポートでは、人肉喰いがタブー視される理由を考えたいと思います。



 まず、殺人を犯すということと、人肉を食べるということは違うことではないのでしょうか。もしそう聞かされたら、きっと「そりゃ当然別物だ。」とみんな答えるでしょう。殺人と人喰いはなにやら違うものだというのはみんな感じているはずです。
 では、なぜ違う物だと感じるのでしょう。相手が憎いから殺すのと、相手を食べるために殺すというのが同じ殺人にもかかわらず同じ行為と受け止められないのはなぜなのでしょうか。それは多分、殺人の方は昔からずっとあらゆる場合にくり返されてきたことなのに対し、人肉喰いは現在はもうほとんど存在しないことだからでしょう。殺人は、どんなに残酷でも今この瞬間にでも地球のどこかで、戦争のように起こっているかもしれないというような平凡な出来事であって、私達はもう慣れっこになってしまっているのです。しかし、人肉を食べるとなると話は別です。もし、殺人犯が殺した相手の肉を食べたという話を聞いたら、あなたはどういう反応をするでしょう。それがどんな状況下で起きたことではあっても、きっとぞっとしながら顔をゆがめ、嫌悪感をあらわにするでしょう。信じられない、人間のすることじゃななどと言い合い、そして誰もが「私は何かがあってもそんなことは絶対しない」と思うことであろうと私は考えます。
 ここでひっかかかってくるのが後ろの2つです。この2つから人間は、殺人は一般的なことであるけれど、人肉喰いは野蛮で下等なことだと決めつけているのではないかと思います。
 結論として、人間は人肉喰いなど下等なことをしない高級な生き物だと錯覚することにより優越感を感じているのではないでしょうか。それをタブー視し、守ることによって仲間との同一性を高めているのではないでしょうか。それは他者への差別につながるわけですが、皮肉なことに、それもまた仲間との結束を深める一員となるのです。


おわりに

 私が今回読んだ「ひかりごけ」は、なかなかむずかしくて、不覚まで読み込むことはできませんでした。なんかここ意味ありげだなあと思ってもよくわからないままこのレポートを書いてしまい、ちょっと後悔しています。「ひかりごけ」には何パターンか種類があると聞いたので、チャンスがあれば他のパターンも読んでみたいと思いました。(ちなみに私が読んだのはかなり古いものです。)



参考図書「ひかりごけ」