食品と健康を考える

2年3組7班  服部、福島、牧田、美間、三村



 今回私たちが伺ったのは、一階が無農薬の野菜を扱った八百屋で、二階がすべて自然食品を使った食堂、というお店でした。


山田;
僕のほうが質問する形になるけど、君達は食べることっていうか、素材も含めて、料理について興味みたいなもの、例えば農薬や添加物なんかについてこれまで考えてきたことはあるのかな。
服部;
そうですね…添加物や農薬は最近いろいろ言われてるんで、そういうものは体に良くないということは解ってきたんで、…別に、農薬や添加物使ったものを食べなくなったわけではありませんが、…ある程度意識は持ってきたと思います。
美間;
学校で着色料に発ガン性があるという話を聞いて、それからはそういうものは買わないようにしています。農薬の方はよく解りませんが…。

三村;

合成着色料を使ったお菓子は見るからに健康に悪そうなので食べません。
山;
けど見えないものは?そういうふうにぱっと見て解るものはいいんだけど、見えないものについては、これまではあまり…。
三;
野菜が洗ってなかったり、リンゴなんかが皮を剥かないでそのままだと気になります。
福島;
添加物は体に良くないという意識があるので、無農薬の野菜などを食べるようにしてはいます。
山;
基本的には、うちは出来合いのものは使わない。お客さんに出すものは材料から作ります。それがひとつの僕らの「手仕事屋」…会社の名前なんですけど…ハンドクラフトっていうのかな、いわゆる機械は使わない、そりゃ、最低限の機械は使うけど、効率だけを求めるような機械は使わない、という意味なんです。私自身、こんな店始める前は、能勢で20年以上百姓やっていたんですよ。そうやって野菜とか椎茸なんかを作ってた人間がたまたま家庭の都合や自分の年のことやらで、6年前にこんな店を始めたわけなんですよ。八百屋は、何人かの能勢の百姓仲間と一緒に、自分たちの作ったものは自分たちで売りたいと思って始めました。これはお百姓の基本的な気持ちなんや。というのは、普通は農協を通して市場に出したり、自分で車に積んで市場に卸しに行くもんなんやけど、僕みたいに、先祖代々百姓をやってたんじゃなくて自分で新たに百姓を始めた人間が百姓として自立していくためには人任せに販売してたんじゃだめなんや。漁業や農業みたいな一次産業は、自分の作ったもんが人に値段付けられるわけやな。自分で作ったものが自分の値段で売れないんじゃ、絶対生活していけないわけだ。特に何の財産も持たない人間は。だから自分で作ったものは自分で値段付けて、直接お客さんに売っていきたい。それで直売所を20年位前に開いて、それを基にしてこの下の八百屋を6年前に開いたわけや。で、その八百屋で使ってる無農薬の野菜や無添加の調味料を使って二階で食堂をやろうということになったわけやな。店名、ここの食堂のスペ−スは「ばんまい」っていう屋号なんですが、これはタイ語で「木の家」という意味なんです。僕は昔からアジアに興味があって、7・8年位前に東南アジアに一人旅に出て、その時タイにも行ったのね。日本とタイって、同じアジアやし、肌の色や仏教の国だっていうのも…大乗仏教と小乗仏教の違いはあるけども…共通する部分がある。タイに興味を持つようになって、タイに関するものを読んでたら「バンマイ」という言葉がパ−ンと入ってきたわけやな。で、店の名前にした。作っているのはタイじゃなくて日本の家庭料理なんですけどね。下の店との提携っていうのはそういうこと。同じ会社で、同じ方針でやってる。昼の部と夜の部に別れてるんだけど、素材ややり方、日本の家庭料理しかできないっていう部分は共通してる。フランス料理やイタリア料理を出すようなところではない。僕らにそれだけの技術がないだけで、そんな高度な技術があればおしゃれなフランス料理なんか出してたかも知れないけど。
服;
日本料理にこだわってるんではないんですね。
山;
そう、素材にはこだわるけど、国にはこだわらない。フランス料理でもイタリア料理でもいいわけ。それは調理法の違いで、あとはソ−スをどうするか。その中で日本で一番簡単に手に入って安心できるものは醤油と味噌なんですよ。
美;
料理はどこかで習ったりされたんですか?
山;
習ってません。主婦歴何十年っていうスタッフの味付けや料理の方法を観察するわけ。学生時代に山をやってたんで、山の料理は得意だしね。作ることに非常に興味があったから、本読んだり料理教室行ったりはしたけど、それ以上は何も。だからたくさんのスタッフの力が大きいな。

服;八百屋の野菜はどこから仕入れるんですか?

服;
そこで作った人の出した値段が出てくるわけですね。
山;
そう。そこで僕が初めに言ったことと繋がるんやけど、そのお百姓さんと、野菜の値段を話し合って決める。希望価格と、その値段で売れるかどうかっていうのを。で、この半年間は大根が不作でも豊作でも一本百五十円であなたの畑からとりますよ、だからあなたの畑では大根十ア−ル作付してください、と依頼するわけやな。それは信頼関係だし、そのお百姓さんの生活を保障することにもなるわけ。千本作ってもらったけど、売れへんから百本でいいわ、ということはできない。それなら作付け依頼なんかせん方がマシやろ。今年みたいに天候不順だと非常に困るわけ。今年の秋は非常に野菜の値段が高くなったわな。キャベツが四百円したとかレタスが五百円したとか聞いてると思うんや。言い過ぎかも知れんけど、そういうことに興味持たなかったら自分たちが生きてること自体が意味がない。作ってくれる人がいるから物が食べられて生きていける。そう考えるとほうれん草一個の値段も大事な勉強やと思うんや。
服;
値段の変動で畑の状態が解りますからね。
山;
そう。そんなことも考えながら勉強していってほしい。自分達が食べてるものがどうつくられているか、農薬なしで作るにはどうしたらいいか、農薬があったらどれだけ簡単にできるか、除草剤撒いたらどれだけ手間が省けるか。
服;
ところで、野菜が、もう食べられないような状態になったらどうしているんですか?
山;
八百屋で売れ残ったものの内、使えるものは食堂で使って、使い切れないものは僕の能勢の畑で堆肥にします。だから焼却場の方には野菜屑は一切、とまでは言わないけど、出してません。
服;
まだ畑もやってらっしゃるんですか?
山;
うん。ほとんど自家消費だけどね。週に一回畑に行くくらいでは売れるようなものは作れないからね。まあ、食堂では使ってるけどね。
服;
食堂や八百屋にはどんな方が来られますか?
山;
食に対する安全性を求めてこられる方がほとんどでしょうね。無関心な人は来ないと思う。値段が高いってイメ−ジもあるし。これだけは強調しときたいんだけど、高くないんや。当然、お百姓さんが手間暇掛けたものに対して返していかなきゃならないから、仕入れ値は高いです。それに、うちも会社だからある程度利益を上乗せするから、値段は高くなる。でも一年ト−タルで見ていったら市場価格より、せいぜい一割ほど高いくらい。でもイメ−ジにあるほど高くはない。その分、安心や旨さを提供してるわけやから。逆に今年の秋なんか、世間がキャベツ一個五百円って時にもうちのキャベツは一個三百円なわけ。入ってくる値段が一緒やから変動がないんや。お百姓さんは泣いてるけど。有機農法やってても特別収量が多いわけやない。いつもの半分以下になってる。それでも決めた値段で出してくれるわけでしょ。契約栽培やってるから当たり前って言ったら当たり前だけど、そのおかげで値段が変わらない。
美;
売り上げが伸びたりしましたか?
山;
いえ、伸びないです。野菜が少ししか入ってこないもん。で、客層ね。別にここにタ−ゲットを絞ってっていうのはないですね。来るのは、若い人であれば、二十代、小さな子供がいるお母さん。アトピ−は食事が結構大事だから、食べ物に興味を持ったお母さんが結構来る。男女なら圧倒的に女性が多いですね。8:2、9:1かもしれないな。
服;
男の人は来ないんですか?
山;
うん、ほとんど来ない。サラリ−マンが食べるには千円の定食は高いからな。
服;
でも普通の定食より高いっていうのはそれなりの価値があるからでしょう?
山;
そうやな、野菜はいっぱい使ってるよな。例えば普通の食堂行って定食食べても、野菜はキャベツの千切りとか、薄いトマト一切れとかが豚カツやコロッケにのってるだけでしょ。うちの場合は煮っころがしがあったり、おひたしであったり。だから千円の価値がないとは思ってない。だから毎日来てくれるお客さんが何人もいらっしゃるわけやな。何でやと思う?
美;
毎日違うからですか?
山;
毎日違うっていうのもあるな。日替わり定食やから。あとは野菜が多いこと。野菜は飽きへんねん。例えば今日はコロッケ、明日は豚カツ、その次は豚の生姜焼きじゃ飽きるよな。でも野菜は同じ大根使っても、調理の仕方を変えれば、飽きへんわけ。だから来てくれる。それが大切なことや思うんや。けど、採算は合いませんね。材料費高いもん。千円ではできませんよ。でもそれ以上高いものっていうのは食べてもらえないでしょう。で、自然食品っていうのはね、作った人も、食べてくれる人も、僕達みたいに中間に生きる人間も安心できるようなもののことやと思うんやな。決して野草だけが自然食品じゃなくて、人間の作ったものでも自然食品はあるんだってこと。それで魚も養殖は使ってないんですよ。
三;
この間カキが入ってましたけど、それも天然ですか?
山;
いや、カキは養殖。カキはね、ホタテもなんだけど、餌をやらないんや。ハマチとかタイは人工的な餌をやって飼うやんか。抗生物質なんかも使って。けど貝の養殖ってのは餌はやらないわけや。ただ稚貝を袋に入れて海中にぶら下げとくだけ。人間が餌をやる養殖とは違うんです。
服;
天然の貝と、そんなに違いはないんですね。
山;
そう。ハマチみたいに抗生物質使わないから問題もでないし。…じゃあ、もう一つ聞くけど、おうちでは石鹸は何を使ってるかな。それとも洗剤かな。洗剤の害は言われてるよな。海や川を汚す。君達は化学で習ってるだろうから洗剤が何から作られてどうなるのかっていうのは解ると思うんや。洗剤の一番の弊害は分解されにくいことやな。石鹸はまあ言うたら天然油脂、今は洗剤でも天然のがあるけどやっぱり作り方が違うわけ。いわゆる石鹸ていうのは自然界にあるもんやからバクテリアが全部分解してくれる。人間も死んだら土に還るやんか。自然界のものはみんなそう。でも石油とか化学反応で作られたものはバクテリアが消化しきれないから、分解されないまま海に流れていってそれが魚とかプランクトンが食べて、それをも少し大きな魚が食べて、それを俺達が食べる。食物連鎖でそういうふうに悪いものはみんな人間に還ってくるわけ。だから考えてほしい。洗剤だけを悪者にするつもりはないけど。それから最近環境ホルモンっていうのが言われてるよな。その原因を作ってるのはそういう化学物質なわけや。みんな色も匂いも形もないものは無頓着に食べてる。それは戦後工業が発達しだしてからのたった五十年の間にこれだけ自然を壊してきた分が還ってきてるんや。そのツケを払うのは、君らやその子供らなんやで。そのくらい危機感持たないと大変なんや。農薬や化学肥料だけじゃない、俺達が使ってるもの全てが化学物質の要素を持ってんや。

じゃあ、ここでは皿洗いは洗剤は…。
山;
何も使ってませんよ、石鹸も。水だけで十分です。水を汚さない布巾があって、それを使うのと、温水を使うのと。石鹸は、油っこい料理をしたときは少しは使うけど、それ以外は使いません。
美;
でもそういうのって少ないですよね。
山;
うん、少ないのが残念やな。だから、君達が何で勉強してるのかを考えて欲しいんや。洗剤はスタ−ト地点や。そこから見えてくるものが、色々ある。流したら終わりじゃなくて、それは見えなくなっただけで、また自分のところに戻ってくる。そういうことをね、考えてほしいと思います。いい大学行っていい会社行っていい人生送るのも大事やと思います。でも健康でなかったらそんなん何の意味もあらへん。自分一人だけの健康じゃなくて、そこに生きてる世代、人間だけでなく動物も植物も含めて健康であることが一番大切やと思うな。そのために自分達が何ができるかと言ったら、洗剤を使わんことがスタ−ト地点やと僕は思う。また、何かあったらいつでもお話しましょう。
服;
本当に色々なことを教えていただきまして、ありがとうございました。
一同;
ありがとうございました。