理想を実現した元パン屋さんに聞く

インタビュイー   中西 隆さん

2年3組2班(大町・小川・奥野・尾崎・河野・隈部)



 「普通の人に普通のパンを食べてほしい」
そんな夢を持ってパンを作り続けた元パン屋「あるぷす」の店主さんの中西 隆さんにお話を伺ってみました。


聞き手
それではよろしくお願いします。早速ですが、パン屋を始めようとしたきっかけは何だったのでしょうか?
中西さん
たまたまパンを作る技術はあったことです。それと、以前うどん屋をやっていた所ではパン屋の方が向いていると思い、パン屋を始めました。
聞き手:
技術を身につけたきっかけとは何だったのでしょうか?
中西さん
きっかけは、山のロッジで働いていたことです。そこで働くことで技術が身についていたのです。ただ、それだけでは商売ができる程のものではなかったので、大阪で紹介してもらった店に修行に行き、トータル的な技術を身につけました。
聞き手
パンを作る事へのこだわりのようなものがありましたら教えて下さい。
中西さん
昔からある一般的なパン、例えばあん餡パンや食パン等を中心にすること、原材料からの手作りであること、の2つです。フランスパンやドイツパン等には、それはそれで好きな人がたくさんいるのですが、そうではなく、昔ながらの普通のパンを中心にしようと考えました。
聞き手
そうですか。それではパンを作るうえでの苦労等ありましたら教えて下さい。
中西さん
朝6時には店を開けていたため、夜中の1時から店に入らなくてはならなかったこと、気温や湿度の違いに対処して、材料の配合を変えていかなくてはならなかったこと、そして企業には無い自分の店の付加価値を考えていくことです。
聞き手
夜1時に店に入ると云うことですが、1日のサイクルはどのようになっていたのでしょうか。
中西さん
夜中の12時半に起き、夕方の6時頃には寝るという生活をしていました。閉店は母にまかせていました。
聞き手
店の休みはどうなさっていたのですか。
中西さん
子供さんやお父さんの家にいる土日はたくさんパンが売れると思ったので店を開けて、その分しんどいので月曜日を定休日にしていました。定休日以外では、盆と正月に3日程休む程度です。
聞き手
本当に大変なお仕事なんですね。では反対にパン屋をしていて嬉しかったことを教えて下さい。
中西さん
どの商売でも一緒ですが、自分の作った商品を認めてくれる人が1人でも増えることです。ただ、個人店は企業と違い、お客様から直接に反応が返ってきます。だから認めてもらえたときの喜びは大きいですね。それと、もう4年になりますが、大震災の時に私の店は被害を受けなかったので、神戸方面に運ぶパンの製造中継基地になりました。24時間すごい量のパンを作っていたのですが、そのパンを持ってたくさんの人が神戸の老人ホーム等に持っていってくれたことがとても嬉しかったです。地域の役に立っているということは大きな喜びですし、また、物を作っている者にとっての誇りですから。
聞き手
それでは最後に、パン屋に対する理想は達成できたと思いますか。
中西さん
そうですね。うちの理想というのは、近所の子供達なんかに、ある程度の低価格で手作りの菓子パンを食べていただく、ということだったのですが、幸運にも賛同していただけたため、イメージ通りに商売できました。非常にラッキーだったと思います。そんなことは珍しい事じゃないでしょうか。ただ、6年でパン屋をやめてしまったので、様々な疑問が大きくなる前だったのかもしれませんが。
聞き手
そうですか。本日は本当に興味深いお話を色々とありがとうございました。
                            (聞き手 小川・河野)



  理想を実現させた中西さんのお話を聞き、中西さんのポリシーや商売のつらさ・楽しさが伝わってきました。多くの質問に答えていただき、すごくいいインタビューになりました。